「ひらめき」は努力の証。

塾長の叫び

特に数学なんかでよく聞くセリフ。



「ひらめいたから解けた」

「そんなんひらめかんと解けんやん」






気持ちは分かるよ。


僕も学生の時、そうだなぁ、「ちゃんと勉強する前」まではそう思ってた。









そもそもね、ひらめいた時、

それは「降りてきた」とか「ラッキーだ」とか、

そういうんじゃない。











ひらめきは努力の証だ。





人よりも濃く深く長く考え抜いた先に、

「ふっ」と新たな視界が開ける。









この何とも言えない「ふっ」という感覚を、

「降りてきた」って表現してるだけなんだよね。













「知ることとは思い出すこと」












プラトンのそれとは違うけど、

自分のやってきた事を高速で参照しながらシミュレーションを繰り返して、

ある瞬間「ふっ」と、ゴールまで繋がるイメージが持てる。









つまり「自分のやってきた事」がたくさんあればあるほど、

ドンドン問題が解きやすくなってくる。










だから「自分のやってきた事」が薄く浅く少なければ、

到底「ひらめき」には出会えないんだよね。

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