「熱い」と言われる事への違和感。

塾長の叫び

今まで「熱い先生」と言われる事が何回かあった。





その時の違和感を、

ちょっとだけ言語化できたからその記録を。









僕自身、自分を「熱い」などとは思った事がない。



むしろクール。



いやそれは違うか。笑









とにかく、僕は僕の事を「熱い」だなんて1ミリも思っていない。




そのギャップが違和感として僕の中に残ったんだろう。









「熱い」と言った人たちは恐らく、

ブログや直接の会話を通してそう感じたんだと思う。





僕は思った事や考えてる事を言葉で表現するようにしてて、

その評価の1つが「熱い」だった、と。






「熱い先生になろう!」と思った事もなければ、

「熱い先生を演じ」ようとした事もない。







何かで僕の事を知った人が、

たまたま「熱い」と思ってくれただけのこと。








その評価自体、

悪いものではないから喜んで受けようと思う。













さて。









誰かに「もっと情熱を燃やせ!」と言われた事、聞いた事はあるかと思う。








上手くやるには情熱が必要。




これには異論はない。









が。










それを聞いた側は勘違いをする事がある。










「もっと熱くなろう!」と。








違うんだよな〜〜〜








僕から見て「熱いな」と思う人の事を考えると、

誰一人「熱くなろう!」とは思ってない。










何かについて一生懸命考えて、

トライして、分析して、言葉にして、また考えて。









それを積み重ねたものが目や肌で感じられた時、

「これは・・・!!」と思った時、

スゲェ!熱い!


と感じる。











「熱く!」と思ってるんじゃなくて、

自分の成したい事に神経を使い続けていたら、

結果、熱いと言われた。









そんな感じじゃないかな。










「情熱を燃やせ!」とは、

心の炎を燃やせ!という意味じゃなく、





自分の成したい事を真剣に考えて、

いろんな事を経験しながら深めていきなさい、

という意味なんじゃないかな。









それに誰かが触れて心が動いた時

「熱い」という1つの評価がもらえる。











しかし当の本人は、それを意外に思う。











そんな感じじゃないんだろうか。







とまぁここまで考えた結果、


「俺って熱いっしょ!?」


って言ってるヤツほどサブいのは当然っちゃ当然な事に気付きましたとさ。笑

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