「自責」にできる力。

塾長の叫び

何かよくないことが起こったとき、「〇〇のせいだ」って言ったり、口に出さなくても思ったりするよね。




例えば成績が上がらないのは「先生のせい」だったり、




売上が上がらないのは「上司のせい」だったり、




時間内に仕事が終わらないのは「同僚のせい」だったり。




それが正しかったとしよう。




で、どうなる?




たとえ「〇〇のせい」が正しかったところで、実際に「何かが変わらなければ」なにも起こらない。




何もせずに「〇〇のせい」の「〇〇」が変わるか。




変わるのを期待するにはあまりにも確率が低すぎる。




ならば、自分が変わるしかない。




「よくないことの責任は自分にある」とまではいかなくても




「何かを変えるためには何かアクションを起こさねばならない」




と思うことはできるはず。




たとえば我が子への声掛けを変えてみる




たとえば上司へ向ける表情を変えてみる




たとえば同僚への接し方を変えてみる




自分の何かを変えれば状況は変わるかもしれない。




変わらなければ、また別の何かをしてみればいい。




それが面倒くさいならそれまで、今の面倒くさい状況に甘んじるしかない。




でも、状況を変えるための行動に移すと、そこに「何か」は起きる。




そんな「自責」で動ける力。




そういう人は「自力」で状況を動かせる。




そういう風に、塾生にはなってほしい。

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