「生のタマネギはとても辛いです」
を英語にしなさいという問題で、主語は「タマネギは」ですか?という質問があった。
とてもいい質問だ(^^)
日本語→英語、英語→日本語、どちらであってもSV・主語動詞の発見を一番にしろ、というのを意識できている証拠だし、
そもそも英語学習が無ければ「主語動詞(述語)」の関係はほとんど意識することもないだろうし。
その上で「生の」がかかる先はどこか、ということも学べる。
主述の関係や修飾被修飾の関係は国語で習ってはいるけど、多くの子が「ふーーーーーん・・・」でスルーしがちだしね苦笑
その点、英語でも日本語でも細かい違いはあるけど、言葉やその連なりが意味するものは変わらない。
英語学習が日本語を強化するといういい例だった。
僕らは物事を考えるとき、基本的には母国語で考える。
母国語、語彙や言葉の連なりが意味するものへの理解が深まると、思考力が上がる。
「英語は使うから」で通すと、「古典は使わないから」「数学は使わないから」と、虚しい考えになってしまう。
使うからやる、使わないからやらない、
じゃなく、全て勉強は自身をパワーアップさせることに繋がるからやる。
「勉強しない」は、自身のパワーアップを拒否することを、
「勉強しない」を放置することは、我が子のパワーアップを拒否することを意味しているんだ。