努力の方向

塾長の叫び

努力の方向を間違える人ってよく見かける。



傍から見てて「いやいや、ちゃうやろ・・・」ってね。




そこに信念があるなら意味があるとは思うけど、どう見たって違うやん、と。






ノートをキレイにまとめるのもそう。



マル付けもそう。




その目的が「覚える」「出来るようになる」「理解する」ならいいんだけど、

いつの間にか「キレイに仕上げる」「マルをつける」になっちゃったらね。










努力の方向を間違えても、結果が出て修正していけばいい。




中高生のテストなんか、そのためにあると言っても過言ではない。








だけど大人になると、結果が出るまですごく時間がかかるか、

そもそも良い悪いの結果すら出ないか、が大半を占める。









どんな結果であれ、結果を起こしに行かねば、出るものも出ない。






きっと、結果が出るのが怖いんだろうな。







恐れるなかれ。






命までは取られぬ。

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