塾不要論には真っ向から「NO!」と言いたい。

塾長の叫び

塾不要論には真っ向から「NO!」と言いたい塾経営者、うめざわです。笑




昔からよくあった話としては「自分(父)は塾に通わず〇〇高校、〇〇大学に合格したから」というものですが。




ハッキリ言って、一昔前と今とでは入試レベルが段違いです。




次元が違うと言ってもいいくらい、年々難化の一途をたどってます。




全教科において「文章量激増+丸暗記阻止化」が進んでいます。




チラリと入試過去問を覗いてみてください。




親世代が経験したものとは比べ物にならないくらい難しくなってるのが、一目でわかると思います。




もうひとつ、価値観の多様化によって「勉強が全てではない」という考えが広まっているようにも思います。




これは確かに「勉強が全て」ではないです。




勉強した=高学歴=高収入=豊かな人生




と、一言で言い切れない部分はあります。




が。




それでも僕は「勉強は必要」で「できた方が圧倒的に有利」だと断言します。




スマホで一発検索、覚えなくても情報がネットに転がってて、苦労せずに答えだけを抽出できる環境




であるとは言え、そのネットに転がってる情報は玉石混交、




情報の優劣・真偽は自己判断で、という世の中です。




そして「優れた情報を見つけ読み解くのに一定以上の学力が必要」なのは言うまでもありません。




勉強が全てではない現代ですが、「優れた情報に飛びつけるかどうかの時代」であることは言い切っていいでしょう。




その情報に早くアクセスし、咀嚼する力は、小中高そして大学の勉強が支えているのは間違いありません。




そしてそして、入試の難化に伴う学習内容自体の難化は、先の学習指導要領改訂で決定的になりました。




それに付いていける一握りの子と、追いつけないその他大勢の子との「学力の二極化」はすでに現れています。




この二極化は、学校と家庭だけではカバーしきれていない現状がある、ということです。




そこのお手伝いをするのが「塾」である、と思ってます。




「学習内容の難化」とそれに伴う「学力の二極化」はそのまま「情報力の二極化」ひいては「生きる力の二極化」を意味します。




僕ら大人が生きた時代と、これからの時代を生きる子たちとは、




もはや全く別のものだという意識を持ってください。




※ちなみに「家塾」のハードルの高さは数日前にブログにあげましたので探してみてください(^^)

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