学力が上がるとき、そこに「先生」はいない。

塾長の叫び

学力は、自分が勉強に集中したときにのみ上がる。



その時、「先生」は視界から外れる。







塾の先生は、勉強の1つのキッカケでしかない。





おもしろい授業、分かりやすい授業。






それが不要とは言わないよ。






僕も、おもしろい要素や分かりやすくなる工夫は常に考えてる。








ただそれらをモノにするのは、

結局は自分自身。








聞いて「あーおもしろかったー」で終わってたら一生かかっても点など取れない。







その後に、

復習し、再現し、頭に叩き込む、

という過程を経て初めて、学力が上がりだす。









そして「復習し再現しながら頭に叩き込む」という事をしている時、

「先生」は一気に存在感をなくす。







分からない時は聞けばいいが、

聞けば再現失敗であり、

もう一度頭に叩き込み直し。









むしろ、

分からない時もすぐに聞かずに教科書・ノートを見て思い出す、

という工程を挟む方がバリバリ上がる。













学力が上がる時、

「先生」という存在は、


どーーーーーーーーーーしても前に進めん!!

という時にのみ必要とされるのである。

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