実感は知識を凌駕する。

塾長の叫び

今の世の中は、

その気になればいくらでも情報が手に入る。







いわゆる「効率的な勉強法」も、

ネットを叩けばいくらでも教えてくれる。








望みさえすればいくらでも

「こうした方がいいよ」

「これってすごく大事だよ」

って知識が手に入るんだ。








それは誰かがすでに見つけてくれた知識だから有り難く使わせてもらえばいいと思う。











でもね。










そこで手に入れた知識は、

あくまでも知識でしかない。








知識は使うためにあって、

使えば使うほど洗練されていって、


自分のもの、


自分にピッタリのもの、


自分にしか合わないもの、



他の誰かには合わなくても自分にはこれ以上にないくらい合うもの、


に進化していく。










知識は荷物にはならないけど、

使わなけりゃ宝の持ち腐れになるんだよね。












この、

知識としては知っている状態と、


やってみた実際の感覚。








圧倒的に後者の方が価値のあるものだよね。









そもそも、

「〇〇は効果的!」を実践してみて初めて


「ホントに効果的だっ!」





「自分にはちと合わんな」



が分かるんだから。










そしてもっと言うと、

とにかく試行錯誤してみてようやく見つけた自分だけの方法が、

ある日ネットで出ていたら。










「なんや、俺の工夫は無駄だったのか」


って思う?







「俺のやり方正しかったーー!うぇぇぇええい♪」


ってなるでしょ。






自信満々にみんなに言いたくなるでしょ。








しかも、

それを実体験として自分で組み立てていったのなら、

それを知識としてでしか知らない人なんかよりも、

ものすごく前に進んでる。









知識としてしか知らない人はそれが合うかどうかから始めないといけないけど、


体感として得た人はすでに合ってる事は証明済み。







もっともっと自分に合う方法を見つける努力の真っ最中だったりするんだ。













実感は知識を凌駕する。








これは間違いなく言える事だ。

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